ゲーム会社のナムコからドリコムの執行役員を経て、現在は株式会社SALTの代表取締役として、マーケティングやクリエイティブのコンサルティング事業に携わる土倉康平氏。独立起業家として、若手起業家の支援や大学・専門学校での講演も行うなど、多岐に渡って活躍されています。
さらに、生まれ育った神奈川県川崎市にある武蔵新城で、地域の人々が日替わりで店主を務める新しいスタイルのコミュニティバー「新城サカバー」も経営しています。
ゲーム業界のマーケティングプロフェッショナルとしてのキャリアを積んできた後、経営者として自らが価値を作り出し、ターゲットに届けることに情熱を注いでいる土倉氏にお話を伺いました。
ローカルの可能性を信じて立ち上げた「新城サカバー」
—— 土倉さんが現在、川崎市の武蔵新城で経営されている「新城サカバー」、非常にユニークなお店だと伺っています。
僕自身は、この「新城サカバー」は、地域の人々が日替わりで店主を務める新しいスタイルの「地域プラットフォーム」と呼んでいます。昨年の12月にオープンしたのですが、店主を勤めてくれるママ・マスターは今では63人。各々が自分の得意分野や趣味を生かして、自主的にお店に立ってくれています(笑)。
—— 面白い仕組みですよね。どうしてそのような発想を思いついたのですか?
僕自身お酒が大好きなので「新城サカバー」を始めると決まったとき、毎週のように地元の川崎市中原区で飲み歩いたんです。各お店には必ずと言っていいほど面白い常連さんがいるものですが、この武蔵新城は他のエリアより多くて、そのときふと「お酒が好きな人たちは、自分でママやマスターをやってみたいんじゃないか?」と思ったことがきっかけでした。
そこで、地域で活動しているお酒好きの人たち20人にヒアリングしたところ、全員が「ママやマスターやってみたい」と。それを聞いて「これならいける!」と感じました。
「新城サカバー」では、常設メニュー以外のお酒は、ママやマスターにお任せなんです(笑)。その日お店に立つママ・マスターが好きなお酒を出していて、そのお酒にあった食事やおつまみを提供しています。また、武蔵新城の街を楽しんでほしいという想いから、近所のお店からのデリバリーも可能です。ママ・マスターたちにとっては、自分でお店を一軒持つよりもリスクなく、楽しくお店に立ってもらえるんです。
日本酒好きなマスターが利き酒のイベントを開催する日もあれば、一杯頼むと占い好きのママが占ってくれるという日もあったりして、来店するお客様も毎日違うお酒と世界観が楽しめるようになっています。
—— ナムコ→ドリコムと、ゲーム業界でのマーケティングのプロフェッショナルとしてのキャリアを積まれていた中で、起業という道を選ばれたのはなぜでしょう?
企業に勤めている時は、作るものが既に決まっていて、その作ったものをどう届けるかという世界だったんです。でも僕は、自分で価値を作って、その価値をターゲットに対して届けるということをやりたかった。そこで起業という選択をしました。サービスの企画から全て自分で行い、マーケティングという売れる仕組みを作ることがすごく楽しいですし、それを「新城サカバー」に活かせていると思いますね。
身をもって感じた「ターゲットは“絞れば絞るほどいい”」
—— 土倉さんがマーケティングにおいて重要だと思う要素は何ですか?
特に重要だと思うのは「ターゲットの絞り込み」です。マーケティングでは、必ずターゲットを決めますよね。でも人間って「絞り込む」ことが怖いんですよ。リソースは限られていますから、その価値を明らかに求めている人たちに対して、ピンポイントで届けることが大事なのですが、この届けるべき「ターゲット」を絞り込めていないケースが多いと感じます。
—— ターゲットの絞り込みの重要性を感じた、具体的なエピソードはありますか?
川崎の商業者支援をしているのですが、鍼灸院の開業を予定している男性にアドバイスする機会があったんです。彼は最初、体の不調を感じる患者さん全般をターゲットにしていたのですが、鍼灸師としての彼の強みを探るべく、深掘りしたところ、脳神経系に詳しいということが分かりました。そこで「頭痛専門の鍼灸院にした方が良い」とアドバイスをしたんです。すると、ターゲットが狭くなってしまうことに不安を感じたようだったので、さらに「大丈夫。まずは頭痛で悩んでいる人たちにリーチできる。来院していただいたあとに、他に体で気になるところがあったら治療してあげれば、自然と頭痛以外の悩みを持つ人たちにターゲットは広がっていく。だからまずは頭痛に特化しよう」と伝えたんです。
僕のアドバイスを元に鍼灸院のコンセプトを練り直した結果、オープンからすぐ予約が埋まるお店に人気店になったんですよ。頭痛専門と言い切ることで、頭痛で悩んでいる多くの人たちの「行ってみよう」というアクションを起こしやすくなるんですよね。
—— ターゲットを絞ることで、むしろターゲットは広がる、と。
そう。だから「自分の強み」というのをきちんと明確にして、ターゲットを絞るというのはとても大事なんです。これって、いわゆるSTP分析ですよね(笑)。
大事なのは、ロジックとセンスのバランス
—— マーケターになりたい人に対して、土倉さんならどんなアドバイスをされますか?
難しい質問ですね(笑)。僕は、マーケターというより今は経営者という立場ですが「とにかく行動しよう!」と伝えたいですね。
マーケティングのロジックは既にある程度言語化されているので、自分で学ぼうと思えば学ぶことができるんです。いやむしろ、マーケティング初心者の人であれば、絶対にきちんと勉強した方がいいですよ。
そのうえで、まだ言語化ができてない「感性=センス」の部分とのバランスを取ることを意識したほうがいい。僕は、自分の「センス」を信じるというのはとても大事だと思っていて、まずはフレームワークもしっかり学びながら、感性を研ぎ澄ませるために行動することで自分磨きもしよう、と伝えたいです。
だから僕の会社の「SALT」は、センスアンドロジカルシンキング(Sense And Logical Thinking)の略なんですよ。「L=ロジカル」の上にあえて「S=Sense」を置いて、実はセンスの方が大事だよという(笑)。ロジックが破綻していたり、ストーリーが成り立ってないというのは問題外ですが、ロジックとセンスのバランス感は大事ですよね。
失敗から学ぶ、そして行動することの重要性
—— どんどん行動をするということは、当然「失敗」に直面することもありますよね。
失敗からデータが取れたら、それって結局失敗じゃない。だから、どんどん失敗した方がいいと僕は思っているんです。僕自身、失敗を重ねてすごく成長してきたと思っているので。
経営者としてスタートアップの支援も行っていますが、若い方たちには「僕たちも行動して失敗してきたから、あなたたちもまずはやってみなきゃ分からないよ」と伝えています。失敗談って世の中に出てこないだけですから。みんな実は失敗していますよ(笑)。
地域を活性化する新しいモデルを全国へ
—— 土倉さんの今後の展望を教えていただけませんか?
「新城サカバー」のような地域プラットフォームを全国に展開していきたいと思っています。一つのコミュニティを大きくするのではなくて、バーや居酒屋を中心に作られる小さなコミュニティをたくさん作っていく、というイメージですね。こういう言い方をすると失礼に聞こえてしまうかもしれませんが、今、元気のない自治体が多いように感じるんです。この酒場のモデルこそ、地方のそんな街に活気を取り戻せると思っています。
—— 最後に、マーケティングを学びたいと思っている人へのメッセージをお願いします。
とにかく「理論と感性のバランスを大切にする」ことと「自分の強みを明確にして、ターゲットを絞る勇気を持とう」この2点に尽きます。
ロジックはカリキュラムや書籍で学べば身につきます。それに加えて、言語化されていない「感性」の部分も大事にして、ロジックとのバランスを取ること。感性は行動しなければ磨かれませんから、とにかく行動に移すことです!
そして「マーケティングは実践しないと絶対に身につきませんよ」――これは改めて強調したいですね!